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Vol.3 英国風紳士

認知症のA様に助けていただいたこと。

 

A様はすらりとして、英国風のトラディショナルな洋服がとてもお似合いの、なかなか絵になるおじいさまです。認知症の症状がかなり重く、日にちと時間の意識はなく、話しかけてもあまり反応はありません。居室に誘導すると、たいてい背筋をぴんと伸ばし、空中を見つめたまま、姿勢よくベッドか椅子に座っておられます。毎日2階の廊下を端から端まで何度も往復しているおとなしい方、というのが最初の私の印象でした。

 

ある日、体験入居2日目のB様は帰宅願望が強くなり、ものすごく不穏な状態になられました。2階の廊下にある非常出口のドアを何度もガチャガチャと開けようとしたり、窓から外に出ようとしたり、その日はかなり取り乱したご様子でした。

 

また、B様がA様のお部屋に入ろうとするので、階下から女性の生活相談員も駆けつけ、追いかけました。その時おそらくA様はいつものように姿勢よくベッドにお座りになっていたのではないかと思いますが、取り乱したご様子のB様はA様のお部屋に乱入し、ベランダの窓を開けて外に出ようとなさいました。女性の生活相談員が

 

「人のお部屋に入ってはだめですよ!」

 

と制止しようとしたところ、B様は彼女の制服をぐっとつかみました。いつもは無口でおとなしいA様が、大きな迫力のある声で

 

「君、女性に対して乱暴な態度は改めた方がいいよ。周りの人が皆、困っているじゃないか。この人達を困らせてはいけないよ。」

 

と、きっぱりおっしゃいました。ああ、この方はこんなに会話ができるんだ…と驚きました。A様がケアスタッフの事を認識し、しかも気を遣っておられることや、その勇気ある言動にも感動しました。

 

それまで取り乱したご様子だったB様は急にしゅんとして、A様に挨拶を始めました。

 

「申し遅れました、私、外科医のBと申します。もし、よろしければ、これからも時々お話しさせていただいてもよろしいですか…。」

 

A様は男らしく

 

「ああ、いいよ。」

 

とお答えになりました。

 

それ以来A様のあのお声を聞いていないのですが、近々B様も本入居でお戻りになるので、おふたりの会話を聞く機会があるかもしれません。

 

 

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